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甲賀市の土塁に囲まれた小さなお城たち。


 
甲賀市の土塁に囲まれた小さなお城たち。
(この記事はかなり想像が入っていますので悪しからず…)

Googleで「甲賀市 土塁」と検索すると土手がたくさん出てくる、これらは「城」と呼ばれ、どれも概ね忍者の住居(忍者屋敷?)だったらしい。(のっけから非常に適当^^;)

Google検索 甲賀市 土塁

城と言っても大きな石垣があるようなものではなくて、農家の住居の周りを土の丘が囲っていて竹が茂っているようなものだ。
それらは「○○城」と名前がついているが、聞いたこともない名前ばかりで、実はそんなのがたくさんあることを知った。なので、甲南・甲賀のあたりの、田んぼにぽつんとある小さな森や段差は、これも城跡なのではないか?と思えてくる。

この小さな城を、甲賀市の地図にココ!とまとめて示してるものはなさそうだが、そこに住んでいたと思われる忍者たち(甲賀郡中惣などの武士)の多さ(500程あったとも言われる)や家一軒単位が城であった?…というような文章を読んでいると、実はこのGoogleMap3D(↑の画像)の中にも小さな城跡(忍者屋敷跡)がぽつぽつと存在しているのかもしれない。

辺境の小国が中央の言うことを聞かず、この地域で団結し自治を行ない、一族程度?ごとに独自に家を囲った住居(=城)を持ち、点在している状況は、完全にエンターテインメントの小説や映画・漫画の世界。
これ、絵本・漫画などの地元や忍者の創作に使えば面白そうなのでやってみたい。
ツアーもできそう。
誰か詳しく調べて欲しいなあ。

 
(追記 2019年10月)
先日、甲賀市の教育委員会の人にちょっとだけ土塁の城のことを聞いたんですが…
土塁に囲まれた平地の部分は、なにがあったかはっきりしないそうです。てっきりそこに家があったと思い込んでいたのですが、現状どちらかというと、住居の背後に小さな丘?があって、そこを土塁で囲むことをしてあるそうです。だから普段は表の家に住んでいる。背後の土塁の城(=囲い)をどのように使ったのかはわからないそうです。(大原家さんのところなど、家の周りを囲ってある感じですが…あれは土塁の城とは違う扱いなのでしょうかね。)

(追記 2019年12月)
さらに、甲賀市の城に関する講演会で、登壇者(大学教授)の学生(歴史を専攻している)に聞くと、住居の背後にある城は、有事の際に立てこもる最終手段。立てこもってしまうと食べ物も水もそれほどない…ということらしい。しかし、城の周りを囲む敵の兵士たちも同じように水、食糧、体力が必要なため、それほど長くは持たない。よって、いつの間にか自然に引き上げていくことも少なくなかったとのこと。

 
検索すると、詳しい方のWEBサイトなどがヒットします…
例えば、JADE333さんのtwitter
https://twilog.org/jade_omi/date-180421

甲賀市の獅子ケ谷城、山岡城、毛枚(もびら)北城、多喜南城、大原城、青木城、笹山城…と、まわっておられます。
残っている(一般に知られている、判明している?)ものでもこんなにある。
どこの城も、かつて農家の敷地を盛り土と竹林が囲っていた感じで、今は建物はなく土塁に茂る竹林だけが残り、城というイメージとは違ったモノだ。
この地域に小さな防壁を持った農家の家々が、田んぼのあちらこちらに散らばっていたのかもしれない…と、つい当時の風景を想像してしまう。

望月城 : 四角い巨大な土塁!甲賀武士のお手本的な方形城館跡
https://akiou.wordpress.com/2016/11/01/mochizuki-jo/

土山城 [前編] 小規模ながら虎口や角馬出を備えた堅固な甲賀山城。
https://akiou.wordpress.com/2015/08/03/tsuchiyama/

村雨城 寺前城 : 同じ丘陵上に隣接する甲賀武士の中世城館跡。
https://akiou.wordpress.com/2016/11/04/murasame-jo/

竹中城 : 田んぼの中にポツンと残る竹林の城跡は空掘が見どころ。
https://akiou.wordpress.com/2016/11/04/takenaka-jo/

近江の城郭・甲賀地区(城のリストが圧巻です。)
http://www.oumi-castle.net/bunrui/kouga.html
 
#忍者屋敷 #土塁 #甲賀 #忍者 #甲賀 #忍者
 

Google検索「甲賀市 土塁」


甲賀市水口の城山付近 山頂にあるのは一般的な城跡

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